鹿児島県 民話 – 猿ヶ城の朱塗観音


梅雨の季節がやってきました。ご存知のとおり日本は多雨の国で年間降水量1700mmは世界平均の2倍にもなるそうです。近年では温暖化の影響かそれとも生活圏の舗装率が増えすぎたためか昔のように毎日々々シトシト降ったり、また、夏の風物詩のような夕立ちは減少したようにも感じられますが、その反面 ゲリラ豪雨と呼ばれるような予測が難しい集中豪雨が頻発したり季節性豪雨の雨量が激増したりと新たな災害の発生が懸念されています。

日本の国は太古の昔から地震、火山、津波、そして多雨と常に自然の脅威と隣り合わせでその歴史を刻んできました。それだけに自然との関わりを重んじた教えや口伝が今もなお残っているのですが、鹿児島県垂水市の城ヶ城渓谷にまつわる民話として次のようなものが残っています。

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今は昔

垂水の村に奥山から下る沢があったそうな
その沢は村に潤いをもたらす有り難い沢であったが その中程にひと抱えくらいの大きく白い石がたっておった

そして、その石はいつの頃からか村人たちから観音様として手を合わされておった
それは村に水を与えてくれる有難みからでもあったが、反して その白い観音様のお顔が赤く染まった時には とんでもない厄災が村に降りかかるという言い伝えが残っていたからでもあったそうな


しかし、ある時 この観音様にいたずらをしようとする者があった
村の若いもんで年寄りの話など聞く耳を持たん
ひねくれ者で他人が困って騒いでいるのを見て喜ぶような難儀な性分だったそうな

( ふん! 沢の石が赤かろうが青かろうが何の障りがあると言うんじゃ‥ )
( たいそうにしおって‥ あいつらの間抜けづらを見てやるわ )

何とまあ この男、人に見つからぬよう沢に上がり観音様の石を持ってきた塗物で赤く染めてしまったそうな‥ そしてそのまま ほくそ笑みながら家に帰ってしまったと‥

そんなことは露知らず いつものようにお参りにきた村人、真っ赤に染まった観音様の石を見つけて腰も抜かさんばかりにおどろいた

「大変じゃ! 大変じゃ! 観音様のお顔が真っ赤になっとおる!」

村まで駆け下りると皆に大声で告げまわった

さて、知らせを受けた村はもう上を下への大騒ぎじゃ、
山や浜に出ている人を呼び戻しに走る者、逃げるには子供や年寄りが先だと呼び集める者、もはや家財もそっちのけ 取るものもとりあえず村人総出、一刻も早くと皆して山の高みに逃げ昇ってしまった

家の中からこの様子を見ていた男、腹を抱えて笑い転げていた
「はっはっはっ! どいつもこいつも愚かな連中じゃ! ばか丸出しで騒ぎおって」
「何も持たずに皆 山に上がりおった、いつまで山ごもりするつもりかのう」

他人が慌てる様を見てひとしきり笑い終えるとそのままゴロンと横になり眠ってしまったそうな‥

 

ところが、日も暮れようかという頃からか山の向こう側から黒い雲が顔をのぞかせた
やがてポツリポツリと雨のしずくが村に届く頃には空を黒い雲が覆い尽くしておった
ポツリポツリの雨はやがてザーザーの雨となり 男が気づき起きてきた時にはもう桶をひっくり返したような どしゃ降りとなっておった


あまりの様相に男はふと不安をおぼえた
どうしよう‥おれも逃げたほうが良いのだろうか‥
しかし、その時 男の耳に聞こえてきたものは沢の方から迫りくる不気味な地鳴りような音じゃった

 

翌朝、それまでの雨もあがった
命からがら山に逃げ上り 雨の中一夜を過ごした村人たちが下山して見たものは土砂に埋もれた村の有り様だったそうな
家や家財は皆失われてしもうたが全員 命だけは足すかった
村人たちは観音様の神威に手を合わせ また そこから助け合うて村をおこしなおしたそうな

男がどうなったのかは もう誰にもわからんかったと‥‥

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城ヶ城渓谷 は今では観光の名勝として紹介されるほど整備され渓流遊びも可能な自然公園として有名です。近隣には関連施設も立地しアウトドア派の人たちには有数の行楽地として賑わいを見せています。

しかし、治水も行き届かなかった時代、自然の恵みと脅威はいつも表裏一体でした。
白い石が赤く染まるというのは川上で大雨が降ると流れて来た赤土で川や石が赤く濁って見える。そんな時はたとえ川下の地域に雨が無くても注意しなさい、場合によっては早く逃げなさい、という先人の教えから来ている話しではないかという見解もあります。

どのような時代であっても人と自然の関わり合いを断つことは出来ません。
先人がそうしていたように自然に対する謙虚な心構えが今こそ必要なのかも知れませんね。

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