福島県 民話 – 弘法大師と犬


真言密教の開祖、弘法大師 / 空海の偉業を語る伝承は日本各地にみる事が出来その数は三百とも五百とも言われています。弘法大師と言えば仏法の徳のみならず、初期平安朝の三筆と呼ばれる程の書家でもあり`書’に関わる逸話にも枚挙に暇が有りません。福島県の民話として次のようなお話しが伝わっています。

さても今は昔の事

行脚の旅を続けながら新しき文字をひとつ又ひとつと創案しておられた大師様、評(こおり)の地に留まられた折「わらう」の文字を思案しておられたそうな。わらう事は人にとってとても大事な事、つらい日々、苦しい生活にあっても少しでもわらいながら生きてゆければ人生は豊かになってゆく。そんな大切な文字を考えておられたのだが中々妙案が浮かばずに苦慮しておられた。
「やれやれ、`わらう’文字を考えるのにわらえぬ心持ちとは矛盾というものよ‥」

一旦、筆を置いて休息をとろうとしていた時の事、庵を隔てた垣根の向こうで童たちの明るいわらい声が聞こえてきたそうな

「そう、あのような無垢なる`わらい’の文字を生めたらのぉ‥」

そう思いながらふと童たちの方を見やり、何をしているものかと伺っておられた。

童たちはどこから連れてきたのか一匹の仔犬を囲んで遊んでいる。そして、その犬の頭には竹で編んだ小さな籠(かご)が被せられておった。それを外そうと仔犬がピョコピョコ跳ね回る姿がこっけいで、童たちはわらっておったのだ。

この様を見ておられた大師、ふと思いつき再び座して筆をとられた。

[犬]の文字の上に[竹]を乗せた文字を書いてみられたのだ。

[笑] 「おぉ! これは良い、思わず笑みを誘うような文字が出来たわ」

こうして大師も納得の「笑」の文字がこの世に出でた。

ところで この時代、犬というものは皆三本足だったそうで 犬は歩くのも走るのも得意ではなかった。
大師、童たちの元に寄るとその仔犬をもらい受け庵に連れ帰った。

「お前のおかげで良い文字を生む事が出来た。何かお礼をせねばのう‥」

そう言われると傍にあった五徳の足を一本取ると、それを犬に付けてやった。

それ以来、五徳の足は三本となり一方、犬は四本の足で元気に走りまわれるようになったそうな。

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昔話というものは一つの話しでも色々とバリエーションが有り、又、それらの類話や他の話しがお互いに交錯している事が珍しくありません。五徳から犬に足を移し替えたのが大師では無く神様である話しも有ります。弘法大師伝説とどこかで入り交じったのでしょうね。

又、弘法大師は犬との縁も深いようで、紀伊国 高野山を聖地と見極めたのも二匹の犬と土地人に身を映した明神の導きであった伝説も有名で、高野山のふもと丹生の名を冠する神社などでそれらを確認する事が出来ます。

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